はじめて節子と会う

nihon-kaoku やっと書ける話

節子と初めて会ったのは、たぶん私が高校3年だったと思います。

たぶんというのは、詳細に書き残していたノートは数年前に燃やしてしまったからです。

目に見える現実だけを生きようと決めて、そっち関係の記録は全部燃やしました。今から考えれば、私にとっては全部現実みたいなものですけどね。燃やすことでずいぶんと軽くなったので良かったと思っています。

umenoki

ある夜寝ていると、梅の花のとてもいい匂いがしました。

まだ寒い二月の、咲きはじめの凛とした香り。細胞のひとつひとつに染み渡るような、とても良い匂いでした。

なんていい匂いなんやろ。寝てる頭でぼんやり思いながら目を開けました。

そこは狭くて暗い空間の中で、前方に2つの穴があいています。私は外を見たくて、2つの穴に近づきました。穴から外を見てみると、日本家屋の縁側らしきものが見えました。縁側を見ていた視線をツーっと真下に向けると、白いハイソックスをはいた足が縁側を歩いていました。

不意に自分がハリボテか着ぐるみの中から外を見てるんだと気づきました。

どうなったんやろ??と焦っている間に、空間だらけだったハリボテが体にぴったり張り付いてきました。すぐに自分の目でまわりを見ている感覚が生まれ、下に見えていたのは自分の足だと認識しました。

でも体中にすごく違和感があります。

下ろした腕の内側が、脇腹に触れる感覚が私とは違う。腕にかっちりした肉がついている。

太腿が触れ合う感覚も違う。視線が少し高いから、背も少し高いみたい。これ誰?

違和感を確認しているうちに急速に馴染んでいって、次の瞬間、私はハリボテに同化していました。

本当に不思議なくらい自然にです。その「私」は同い年ぐらいの女性でした。下を向くと白いハイソックスの上には、赤い車ひだのチェックスカートが見えます。腕を見ると、白いセーターと肩にかかる黒髪が見えます。

まだ寒い春の早朝なのでしょう。縁側はとても冷えて、足が冷たくなっています。家屋はコの字型になっているようで、真ん中に庭があります。そこには咲きはじめの梅の花がツンと良い匂いをさせています。

私は迷っています。これからそっと家を出ていくのだけど、そしてもう戻らないのだけど、最後におばあさんに一目だけ会っていきたい。

縁側の突き当りの廊下、一段上がったところがおばあさんの部屋。おばあさんは最近ほとんど床についたままで心配。障子を隔てた一段下の部屋は、祖母のお世話をしてくれるおばさんの部屋です。泊まり込みのお手伝いさん。明るくて声の大きな人です。

おばあさんの部屋に行けば、絶対おばさんに気づかれる。黙って家を出ることができなくなってしまう。

それは絶対に避けないと。仕方なく、心の中でお別れを言うだけにした。

このあたりで私はこの世界に戻ってきました。

ぼんやりと考えます。夢、なのかな?あの手触り肌触りは夢か?なんか普通の夢じゃないような気がする。懐かしくて、キュンとして、後悔と悲しみと訳のわからない感情が一気に押し寄せて、涙が出ました。

これが節子との出会いです。変わった夢やったなぁと思ったけど、その後とくに何か起こるわけでもなく時は過ぎていきました。

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