ある日の午後、野菜を分けてもらいに社長を訪ねました。
社長は高台にある「ホテル・ローヤル」の責任者です。
島の独立時、土地や建物のすべてが国に所属することになったので、本当は社長は社長でもオーナーでもありません。
ただなんとなくみんなから、社長とか、ローヤル社長とか呼ばれているんです。
「こんにちはー!社長!やさいw…」
「あれ?いない。事務所かな?」
「ここにもいない。もしかして、畑かも?雨降ってるけど…行ってみよ」
最近よく雨がふります。あじさいの季節はまだなのにね。
「あ、いた!社長ー。野菜わけてちょーだい!」
「ん?適当に好きなの持ってっていいよ。麦以外ね」
「うん、ありがと。にんじんとジャガイモもらう。今晩カレーライス作るねん。
あーあ、社長ずぶぬれやん。雨やんでからにしたら?」
「そうもいかないのね。野菜育ちすぎちゃうから。自然にはならうしかないの」
「お客さん少ないのに、社長は大概なんか忙しそうやな」
「お客さん少ないは余計!これでも前に比べたら余裕できた方よ。ホテルの前のオーナーが亡くなって、ここに来た当初は、全部自分でやろうとしてたからね」
そうでした。小さな島々が集まって独立する前は、玉姫島は結構うらぶれた感じのところでした。ホテルもいわゆる一般向けのホテルじゃなかったので、島民総出でセルフ・リフォームしたのです。でも今も以前の面影は少し残っているように思います。
社長は言います。
「料理の材料もイチから自分で用意しようとしてたんだからね。畑の他に、魚釣ったり…」
「素潜りで海の幸を獲ったり。素潜りって、すごく体力消耗するのよね」
「何十回と潜っても、ワカメとヒトデとイソギンチャクしか獲れない日があったり」
「もう毎日クタクタで、倒れるように寝てたよ。ぜんぜんスローライフじゃなかった」
「これじゃダメだと気がついて、野菜以外の食材の調達をみなさんにお願いしてみたんだよね。そうしたら大したお礼もできないのに、色んな食材を届けてくれてビックリ。ロビーに飾る花まで分けてくれるんだよ」
「お礼というか、ホテルの収益から協力金を島に入れるやん?それが巡り巡って住民さんのために使われるんだから、それでいいんじゃないの?」
「うん、今はそういう風に考えてる。時々、料理を食べてもらったりね。ここの人達って、助け合うという意識がないぐらい自然に、みんなでやるところがすごいと思う」
「本当はさ、奥さんと娘ちゃんも島で一緒に暮らしたいのね。だけど、島に来ることになった時、怒って娘ちゃん連れて実家に帰っちゃった。もう電話も出てくれないんだよ。はぁ〜」
「みんな色々あるんよな。だから寛容でいられるのかもしれん。早く娘さんに会えるといいね」
「うん。僕もきっと会えると思ってる」
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